大阪地方裁判所 平成8年(ワ)7491号 判決 1997年7月31日
原告
竹山君子こと成鳳順
被告
日本電信電話株式会社
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五一一万三六九〇円及びこれに対する平成七年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、自動車を運転中、道路上に垂れ下がっていたケーブル線に自動車が接触しこれにより傷害を負ったとして、ケーブル線の占有者であり所有者である被告に対し、民法七一七条一項に基づいて損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、平成七年八月三日午後一時四五分ころ、普通貨物自動車(滋賀四〇や四三九、以下「原告車両」という。)を運転して、滋賀県守山市木浜町二二九八番地先道路(以下「本件道路」という。)を北から南へ向けて進行中、被告が同所に設置した電話ケーブル線を引っ張る水平支線(以下「本件水平支線」という。)が道路上に垂れ下がっていたため、原告車両が本件水平支線に接触するという事故にあった(以下「本件事故」という。)。
2 被告は、本件事故当時、本件水平支線を所有し、かつ、占有していた。
二 争点
1 本件水平支線の設置、保存の瑕疵の有無
(原告の主張)
本件水平支線は本件事故後切断されたままであるが、その後もなんら支障は来しておらず、本来本件水平支線を設置する必要はなく、被告がこれを設置したことは、工作物設置に瑕疵があるというべきである。
また、仮に、本件水平支線が必要であり、かつ、他の車両が接触したために本件水平支線が下垂したのであるとしても、被告は、本件水平支線について法令で定められた五メートルの高さを維持していなかったために右接触を招いたのであって、被告の架線工事には瑕疵がある。
(被告の主張)
被告は、本件水平支線を関係法令に基づいて設計、施工し、設備を維持管理していたもので、本件事故直前まで異変も認められておらず、本件水平支線について設置、保存の瑕疵があったということはできない。
本件水平支線は、本件事故直前に他の車両が接触したために下垂したものであり、右は被告の架線工事の不良等によるものではなく、また、右事故後本件事故までの間に被告が本件水平支線を復旧することは不可能であったから、この面でも本件水平支線の保存に瑕疵があったということはできない。
2 原告の損害
(原告の主張)
原告車両は本件事故によって本件ケーブル線に引っかけられ、空中に持ち上げられた後道路上に叩き付けられ、これにより原告は第一腰椎圧迫骨折の傷害を負い、次のとおりの損害を受けた。
(一) 治療費 八七万四一二〇円
(二) 入院雑費 一三万円
(三) 休業損害 一一四万円
(四) 慰藉料 二〇〇万円
(五) 車両損害 五一万九五七〇円
(六) 弁護士費用 四五万円
第三当裁判所の判断
一 争点1(本件水平支線の設置・保存の瑕疵の有無)について
1 検甲第一ないし第八号証、乙第一号証、第五ないし第一〇号証、検乙第一ないし第一一号証、証人須田敏三の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件事故現場に被告が設置した電話ケーブルは、本件道路に沿って本件道路の西側に立てた電柱に架設されているが、本件道路はカーブしており、電話ケーブルも道路の形状に沿って架設されていることから、電柱にはカーブの内側となる西側方向に一定の負荷がかかっており、そのため、被告は、電柱と電柱の間に固定した本件水平支線で電話ケーブルをカーブの外側となる東側方向に引っ張り釣り合いを保つことにより電柱にかかる負荷を緩和させていた。
次に、本件水平支線は、本件道路を東西に横断し、本件道路東脇の空き地に立てられた支線柱に固定されていたが、これにより支線柱には常に西側方向に負荷がかかることとなるため、支線柱の上部に追支線を取り付け、斜め下方向へ引っ張り、支線柱を安定させ、追支線の端にはスキ状の部分(抵抗板)が引っ張り方向に対し直角に向いた構造になったアンカを取り付け、地中に埋設することにより地面から抜けないよう固定されていた。
そして、支線柱は、本件道路東脇の空き地の土質が比較的柔らかい土であったことから、被告が定めた標準実施方法に基づき、支線柱全体の長さ一〇メートルの五分の一に当たる二メートルを土中に埋設され、かつ、支線柱の根元に固定具(根かせ)が取り付けられ、また、追支線の端には、大きさによりS、M、Lの三種類があるアンカのうち、最大の大きさであるLのアンカが取り付けられていた。
(二) 原告は、本件事故当日の午前九時ころ、原告車両を運転して本件事故現場を通過したが、その際には本件水平支線の垂れ下がりはなかった。また、原告の同僚が本件事故の三〇分くらい前に本件事故現場を通過した際にも、本件水平支線には格別の異常は認められなかった。なお、本件事故現場付近にはトラック協会や陸運事務所等の施設があり、本件事故が発生した時間帯には一分間に一台程度の車両の通行がある。
(三) 本件事故を捜査した滋賀県守山警察署では、本件事故当日午後一時四二分ころ、ユニック車らしい車両が本件事故現場付近でしばらく前進後退を繰り返した後走り去ったとの地域住民の目撃証言を得たが、本件事故後、本件水平支線には、本件道路の上空部分に当たる箇所に、右ユニック車に塗色されていたものと推定される黄色の塗料が擦過傷状に付着しており、さらに七本のワイヤーで構成されていた本件水平支線のうち、同箇所のうちの一本が折損されていた。また、本件事故直後、支線柱が約二〇度傾いて本件水平支線が本件道路上に垂れ下がっており、アンカも地表に引き抜かれ露出状態となっていた。
(四) 被告の電話施設等の修理や改修をする部署は、本件事故現場に直近するものとしては滋賀県草津市内にあるものがあり、通報を受けてそこから本件事故現場に急行したとしても三〇分程度はかかる条件にあった。
(五) 本件事故後、被告は、本件水平支線について現状復帰をしていないが、それは本件訴訟が提起されており、本件水平支線が垂れ下がったのは前記ユニック車によること等の証拠保全の必要があるためであり、被告では、本件水平支線が引っ張っていた電話ケーブルの張力を若干緩めるなどして対応している。
2 右によると、本件水平支線が垂れ下がったのは、本件事故直前に本件事故現場を通過したユニック車が、ブームを下方に固定するなど十分な安全対策を講じないまま漫然と本件水平支線下を通過しようとしたため車両の一部を本件水平支線に接触させて引っかけさせ、これを外そうとして強引に前進後退を繰り返したため、本件水平支線に過剰な外力を与える結果となり、ついには本件水平支線を構成する七本あるケーブルのうちの一本を折損したうえ、本件水平支線を固定していた支線柱を約二〇度も傾けさせ、更には、支線柱を引っ張っていた追支線の端に取り付けられ地中に埋められていたアンカを地表に引き抜いたことによって生じたものであると認められる。そして、本件水平支線及びこれと関連する設備は、元来右のような事態によって破損されるかも知れないことまで予想して設計、施工されたものではなく、また、被告においてそのような事態を想定した種類、強度の設備を設計、施工すべき義務もないといえ、本件水平支線が垂れ下がったのは、もっぱら右ユニック車の運転手によるもので、被告にはその設置、保存に瑕疵があったということはできない。また、右ユニック車による事故は、本件事故の約三分前に発生したものであることが認められるところ、仮に被告が直ちに右事故の発生を認知したとしても、本件事故の発生までの間に適切な措置を講ずることは不可能であったといえるから、この点でも被告に本件水平支線について保存の瑕疵があったということはできない。
なお、原告は、もともと本件水平支線は必要のない設備であったと主張するが、前記認定のとおり本件水平支線は、被告の電話ケーブルの設置には必要な設備であることが明らかであり、かつ、現在において現状復帰がされていないことにも合理的な理由があるというべきであるから、原告の右主張は採用できない。また、原告は、本件事故当時、本件水平支線について法令で定められた五メートルの高さを維持していなかったと主張するが、乙第一〇号証及び証人須田敏三の証言によれば、前記ユニック車による事故が発生するまでは、本件水平支線は、計算上本件道路面を基準としてそれより五メートル以上の高さにあったものと推定されることが認められるうえ、仮に、本件水平支線の高さが五メートルを若干下回っていたとしても、本件水平支線の設置、保存に瑕疵があったかどうかは、本件水平支線が本件道路の交通に与える影響等実質的な観点から判断されるべきものであるところ、本件水平支線が本件道路の交通に危険を及ぼすような状況にあった事実等は証拠上窺われないから、右の点に関する原告の主張も採用できない。
二 結論
以上によれば、本件水平支線の設置、保存に瑕疵は認められないというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がない。
よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)